こんにちは、ひこです。
このブログでは、10年間の教員生活を通して感じたことや学びを、未来の先生や今教壇に立っている先生たちに向けて発信しています。
今回は、私が担任を6年間務める中で感じた「よかったこと」と「後悔していること」を正直に綴っていきます。
担任として。その始まりは「何もわからない新任」だった
初めての担任、正直パニックだった
担任1年目。右も左もわからない状態で担任を任されました。
嬉しさよりも、不安とプレッシャーが大きかったのを今でも覚えています。
「教室運営ってどうやるの?」
「保護者対応って、こんなに急に来るの?」
「提出物って…いつまでにどこに出すの?」
何もかもが初めてで、毎日がバタバタ。
正直、授業どころじゃない日々でした。
「担任=何でも屋」な現実に驚いた
担任という仕事は、ただクラスを管理するだけじゃありません。
- 生徒の生活指導(遅刻・スマホ・交友関係)
- 進路相談
- 保護者との連絡
- 成績管理や提出物の取りまとめ
- 急なトラブルへの対応
まさに「何でも屋」。
そして、やればやるほど、どこまでが仕事で、どこからが自分の善意なのかが分からなくなってくる。
それでも「名前を呼ぶ」ことから始めた日々
そんなとき、自分にできることは何だろうと考えて始めたのが、**「とにかく名前を呼ぶこと」**でした。
そしてただ名前を呼ぶのではなく、「下の名前」で呼んであげる。
朝のホームルームで、廊下で、部活で。
一人ひとりの名前を、意識して呼ぶ。
それだけで、少しずつ関係が変わっていくのを感じました。
小さなことだけど、クラスづくりの第一歩は、そこからだった気がします。
やってよかったと心から思える瞬間たち
生徒が自分のクラスを「居場所」と呼んでくれた
「先生、このクラスは明るくて楽しいです」
「家より学校のほうが落ち着くんですよね」
何気ない言葉に、こっちが泣きそうになる。
学校が“ただ行く場所”から、“居場所”に変わった瞬間って、生徒自身が一番よく分かっているんです。
進路面談で泣いたあの夜
進路に悩む生徒と、放課後に何度も話したことがあります。
「親に言えない」「やりたいことが分からない」と涙を流す姿に、どう声をかければいいのか分からず、帰り道に私も泣きました。
正解なんてなかったけれど、一緒に悩んだ時間そのものが意味を持つんだと思います。
卒業式のあとにもらった手紙のこと
「先生が担任でよかった」
「いつも見てくれてる感じがして、安心できました」
卒業式の日、手紙をくれた生徒の中には、普段あまり話せなかった子もいました。
教師って、伝わっていないようで、実はちゃんと届いてるんだと気づかされました。
それでも、後悔もあった

もっと寄り添えたかもしれない
忙しさにかまけて、相談を後回しにしたことがありました。
今でも思い出すと胸が痛くなる生徒もいます。
自分の未熟さが原因で苦しい思いをさせてしまった生徒もいます。
教師の言葉って、無視しているようで、生徒はちゃんと聞いている。
その責任をもっと早く自覚すべきだったかもしれません。
叱ることの難しさと恐さ
「叱る=正しいこと」だと思っていた時期がありました。
でも、ただ感情でぶつけてしまったこともあります。
自分はそれでも熱心に指導している”つもり”でした。
ですが生徒には全く伝わっておらず、むしろ心ばかりが離れていくことへの徒労感。
伝えたいことが伝わらないとき、自分の未熟さを痛感しました。
大人としての未熟さに気づかされた出来事
ある生徒に「先生って、本音言わないよね」って言われたことがありました。
たしかに、“良い教師”を演じていた気がします。
でも、あの日から少しずつ、自分の言葉で話す勇気を持てるようになりました。
担任をやることで見えた「教師という仕事の本質」
教科よりも、正解よりも、大切なこと
教科を教えることはもちろん大切です。
でも、それ以上に「人としてどう生きるか」「どう社会と向き合うか」を考える力を育む仕事。
担任はそれを“毎日の関わり”で体現できる立場なんだと思います。
「関係性」があってこそ、伝わる言葉がある
同じアドバイスでも、関係ができていれば響く。
そうでなければ、ただの「お説教」にしかならない。
だからこそ、掃除の時間や放課後の時間など、生徒と雑談しながら関係性構築するのは、とても大切なことです。
担任は、生徒と“信頼でつながるチャンス”がたくさんある仕事です。
教師は「育てる」以上に「寄り添う」仕事
「教える」でも「叱る」でもなく、ただ隣で“うなずく”だけで救われることもある。
担任をやって初めて分かりました。
教師って、“答えを出す仕事”じゃなく、“一緒に考える仕事”なんだなって。
最後に 〜担任を目指すあなたへ〜
担任という仕事は、想像以上に大変で、感情も揺さぶられます。
でも、**その分だけ、生徒との関係の“深さ”**があります。
完璧じゃなくていい。
うまくできなくてもいい。
逃げ出したくなる日があってもいい。
それでも、あなたの存在が、生徒にとって大きな意味を持つことがある。
私は担任をして、それを何度も実感しました。
そして、教師という仕事は、成果や結果がすぐにわからない仕事です。
今でも、卒業してから連絡をくれる生徒がいます。
ふと街中で会ったりするときもあります。
そんな時に教え子が成長した姿や立派になった姿をみると、自分のやってきたことは間違いではなかったと気づかされます。
教師を目指すあなたにも、
いま担任として悩んでいるあなたにも、
この言葉が届けば嬉しいです。



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